壱醸とは

歴史きっかけは栃尾を襲った天災でした。

壱醸

7.13水害、中越地震によって多大な被害を被った新潟県中越地区。地元「栃尾」も例外ではありませんでした。栃尾といえば、知る人ぞ知る県内屈指の良質米の稲作地帯。

しかし、水害・地震と立て続けに降り注いだ天災によって農地は壊滅的なダメージを受け、同時に農家の心に「絶望」という焼印を押し付け、「耕作放棄」という方角に向かわせたのでした。

発足!「棚田の生き物を愛する会」。

合鴨農法

いったん耕作放棄してしまえば元の田圃に戻ることはきわめて難しいのです。しかし地元の宝をこのままにしていいのか?悶々とする日々が過ぎていきました。よし、ならば俺たちが栃尾の棚田で米を作ろう。そしてその米で酒を仕込もう。それも新潟県限定品種「越淡麗-コシタンレイ-」で。

私たちの想いは一致し、「棚田の生き物を愛する会」と銘打って酒屋たちの酒米作りが始まりました。

稲刈り

孤高の酒米「越淡麗」という品種。

越淡麗の開発は新潟県農業センター、新潟県醸造試験場、そして新潟県酒造組合の共同研究として行われました。15年に及ぶ研究開発の結果誕生した酒造好適米「五百万石」と「山田錦」を両親にもったサラブレッド品種で、高精白にも耐え、特に大吟醸系には抜群の真価を発揮します。

ただ越淡麗は倒れやすく、病気にも弱く、栽培の難しさを持ち合わせています。それでも栃尾の棚田で、新潟の米品種で、それも自分たちの手でやることに大きな意義があると感じ挑戦することを決意しました。

山の風景

米作りは困難の連続。それでも…

農家ではない酒屋に農地取得は法律上至難ですが、米を作らせてもらう事は可能でした。知識も経験も技術もないド素人の酒屋たちにとって米作りは予想通り困難の連続でした。予想通りという言葉を遥かに凌ぐ厳しさでありました。

まず、圃場が平場ではなく山の上の棚田であるということ。通常の稲作に比べ2倍・3倍の労力を費やし、中には無農薬合鴨農法の棚田もあるので草刈の辛さ、そして、やはり経験と技術の無さが浮き彫りとなりました。

情熱ある農家の方々、農機具メーカーの方々、ボランティアの方々、この取り組みに携わる多くの応援団がいなければ酒屋業を行いながらの稲作作業は無理な話でした。

収穫

収穫から酒造りへ。

秋、「越淡麗」の稲は多く実をつけ予想以上の豊作となりました。酒屋業を兼ねての農作業、稲穂が頭を垂れるまでには長い日数がかかりましたが、それに比べ収穫は一瞬です。皆、様々な思いが脳裏を過ぎる中、黄金の稲穂はコンバインで刈り取られていきます。

収穫はエンディングではありません。酒造りへのオープニングです。最高の米は出来た。最高の酒を醸すぞ。と、次の舞台へ胸を弾ませるのでした。

杜氏

いよいよ酒造りの世界へ。

収穫した越淡麗は、やまたい酒店の本家でもある蔵元「越銘醸(こしめいじょう)」へ製造委託。もちろん我々酒屋軍団も仕込みへ参加します。酒売りの集団は酒造りの集団となりました。自分たちだけでなく、支えてくださった方々の顔も浮かぶ越淡麗、一粒たりとも無駄にできません。

若き浅野宏文杜氏の下、いよいよ「壱醸」の酒造りがスタートしました。当然ながらここでも苦労の尽きぬ日々、設備機械を使わない酒造りの厳しさは言葉では簡単ですが、聞くとやるでは大違いです。しかも相手は微生物、見えない世界の住人です。力仕事の体力的な部分はもちろんですが、温度の徹底管理も精神的な重圧を与えるのでした。

コンマ1℃のシビアな温度のせめぎ合いに神経を研ぎ澄ませ、ひたすら親の気持ちで子を見守り続けるのでした。

看板

壱醸の誕生 ~ 日本酒界の
ロマネ・コンティを目指す!

亀口から流れ出る「壱醸」搾りたての雫、それを口に含み、静かに目を閉じます。皆の心にそれぞれ浮かび上がるものがありました。栃尾の風景、棚田の景色、田植えや収穫、農家の顔、蔵人の顔、苦労と喜び、夢や想い、そして何よりも壱醸を飲んで「旨い!」と微笑むお客様のこと…。

私たちの進むべき道は決まりました。この栃尾の地で、この栃尾の風土で、この栃尾でしか創れない酒を醸し続けようと。まだまだ挑戦は始まったばかりですが、皆の心に一つの大きな夢が生まれました。それは、この地で日本酒界のロマネ・コンティを目指す!ということです。

「壱醸」という酒の存在意義

賞状たち

日本の酒はこれまで美味しさに向かって突き進んできました。酒造技術の確立、醸造設備の開発、醸造科学の研究……、そしてこれからもその姿勢は変わらず業界は邁進していくことは間違いないでしょう。日本の酒はつまり「文明の酒」として歩んできた歴史があります。それも大事なことなのですが……しかし、では、ワインの世界を見てみましょう。

ワインは良質のブドウが栽培できる土地に価値があります。技術、設備、科学などもちろん大事なのですが、それ以上に土地が重要視されていて、そこで出来るワインの価値に結びついています。フランスでは上級ワインが出来るブドウ畑の畑に名前が付いているくらいです。そして、その土地はそこに生きる人々の暮らしの営みを見守り続け、また人々も先祖幾代にもわたりその土地を守り続けてきました。

看板

つまりワインは「文化の酒」として歩んできました。

ここが今のところ日本酒とワインの価値観の中で決定的に違う部分です。現在はそういう価値観が全国的に広がり始め、自社栽培の田圃や畑も以前と比べだいぶ増えてきました。思うに地酒とは、地方の蔵元が醸造している酒ではなく、その原料までを地元の田圃または畑を自らが耕して酒を醸すからこそ地酒と呼べるのではないのでしょうか?そして日本の酒には「文明酒」と「文化酒」の融合が可能であり、島国の酒から本当の意味で世界に羽ばたける酒であると信じています。

我々の酒「壱醸」も、先祖代々守り続けてきた栃尾の田圃で、我々の手で酒米を栽培して栃尾の地で酒を醸し、栃尾から価値を発信する、この栃尾でしか生まれない美味さを目指して世に貢献していくことこそが「壱醸」の存在意義であると信じています。

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